JORNADA 3 − ラージョ・バジェカーノ 威厳を持って
ラージョ・バジェカーノ 2−1 アラベス
1−0 27分 ミゲル・アンヘル・サンチェス”ミチェル”
1−1 76分 ハビエル・ゲラ
2−1 78分 モハメド・ディアメ
ラージョ・バジェカーノ
ダビド・コベーニョ
ホルへ・アンドゥハル”コケ”、マヌエル・テナ、アントニオ・アマヤ、カルロス・ジョレンス
ミゲル・アルビオル、ミゲル・アンヘル・サンチェス”ミチェル” (72分ハビエル・モンサルベス”ジュマ”)、
モハメド・ディアメ、ジョフレ・マテウ(45分ファン・ホセ・コランテス)
フランシスコ・メディーナ”ピティ”、ダビド・アガンソ(79分ヘスス・ペレーラ)
警告:ジョレンス、アマヤ、コベーニョ、ミチェル、アガンソ
アントニオ・アマヤはエルチェのイバン・アマヤの弟。
ミゲル・アルビオルはバレンシアのラウル・アルビオルの兄。元U−21スペイン代表。
カルロス・ジョレンスは39歳の左サイドバック。元アラベス。
ジョフレ・マテウはバルサB出身の左サイドの選手。セグンダレベルでは力を発揮。
ミチェルはプリメーラ時代の生き残り。ラージョB出身。一度はクラブを離れるも、2006年に復帰。
ダビド・アガンソはレアル・マドリーB出身で99年ワールドユース優勝メンバー。昨季はアラベスで12得点。
ヘスス・ペレーラは今夏、セルタから加入。セグンダではかなり頼りになるデランテーロ。
ちなみに会長はまだマリア・テレサ・リベロさんがやっています。
アラベス
ベルナルド・ドミンゲス
イニゴ・カルデロン、セサール・カネダ、ホセ・マヌエル・マテオ、ラウル・ジョレンテ
ガイスカ・ガリタノ、マウリシオ・アストゥディージョ
エミリオ・サンチェス(56分ロベルト・クエバス)、トニ・モラル(84分マルク・ペドラサ)
ハビエル・ゲラ、モレーノ(64分イゴール・マルティネス)
警告: ゲラ1、アストゥディージョ1
太字がバスク人選手。
負けました。
ラージョはこう見るとなかなかのメンバーです。だから負けても仕方ないというわけではないですが。
カーサでは負けないように。
個人的にはセサール・カネダのセンターバックはいつまで続くのかが気がかりです・・・。
パブロ・カサルは怪我明け、ハビエル・アルミロンは加入間もないという状態ではありますが・・・。
●アラベスB(テルセーラ(実質4部))の結果です。
JORNADA 1
サン・イグナシオ 2−3 アラベスB
得点:イニゴ・カレアガ、パッチ・アギレサバル、オスカル・デ・マルコス
JORNADA 2
アラベスB 1−1 アレナス・へチョ
得点:オスカル・デ・マルコス
JORNADA 3
クルトゥラル・ドゥランゴ 4−2 アラベスB
得点:イニャキ・オルドニョ、パッチ・アギレサバル
3試合を終えて、テルセーラ・グループ4の9位(20チーム中)
●エドゥ・アロンソが引退
アラベスはエドゥ・アロンソが契約を解除し、引退することを発表しました。
理由は怪我と、ホセ・マリア・サルメロン監督の構想の中に入っていないことのようです。
つまり、怪我を治して復帰しても、出場の機会は殆どないということです。
−−引退について
「引退の瞬間というのは必ず訪れるものだし、それが今、私にも訪れたのだと思う。肉体的にも、精神的にも、今がその時なんだと感じたんだ。」
−−デビューについて
「私はレサマで育った。トップチームにデビューしたのは1996年11月17日のことだった。初めて観客のいる中でプレーして、あぁ、夢が叶ったなと感じていたよ。」
−−アラベスでの6シーズンについて
「私はここで忘れ難いいくつかの経験をした。ヨーロッパの舞台(UEFA杯)でプレーしたこと、バスク選抜のユニフォームを着られたこと、プリメーラへの昇格・・・。本当は何かタイトルを取ってから、あるいはプリメーラへ昇格してから、さよならを言いたかった。でも、私は威厳を持って去るよ。そして、私がここでした努力には誇りを持っているし、そうできたことに感謝している。」
−−チームメイトについて
「彼らは本物の友人だよ。あのロッカールームにもういられないことを本当に淋しく思うよ。
(会見場にいたマルティン・アストゥディージョにウィンクをして)彼と私はあのマネ監督時代(97−03)の最後の生き残りなんだ(*)。あの頃のアラベスはクラブ史上に残る時代だったと思うよ。」
会見後、出席したマスコミ、関係者の拍手に包まれながら彼は去った。
*UEFA杯準優勝したのは00−01シーズン。その時はエドゥ・アロンソはまだ在籍していない。
彼はマネ監督最終年に加入。その02−03シーズンもアラベスはUEFA杯に出場している。
結果は2回戦でベシクタシュに2試合合計1−2で敗れている。
エドゥ・アロンソ・アルバレス
1974年5月30日生まれ。ビルバオ出身。177cm、73kg。
ポジションは右サイドバック。(昔は中盤の右も)
レサマ出身。アスレティックでは公式戦39試合に出場。
レサマの同期には、アイトール・カランカ。
アスレティック・フベニル(91−92)−ビルバオ・アスレティック(92〜96)−エイバル(96)
−アスレティック・ビルバオ(97)−サラマンカ(97〜99)−アスレティック・ビルバオ(99−00)
−UDラス・パルマス(00〜02)−アラベス(02〜08)
彼のサラマンカ時代(当時プリメーラ)の映像です。↓↓
http://jp.youtube.com/watch?v=yauH9vnmoHc
(相手のポルテーロはフランシスコ・モリーナ。)
アラベスでは公式戦179試合(うちリーグ戦165試合)7得点。
1部通算:209試合4得点。
2部通算:229試合12得点。
コパ・デル・レイ通算:25試合0得点。
UEFA杯:3試合0得点。
バスク選抜:2試合0得点。
生涯通算:468試合16得点。
お疲れ様でした。Gracias, Edu. ¡Hasta siempre!
1−0 27分 ミゲル・アンヘル・サンチェス”ミチェル”
1−1 76分 ハビエル・ゲラ
2−1 78分 モハメド・ディアメ
ラージョ・バジェカーノ
ダビド・コベーニョ
ホルへ・アンドゥハル”コケ”、マヌエル・テナ、アントニオ・アマヤ、カルロス・ジョレンス
ミゲル・アルビオル、ミゲル・アンヘル・サンチェス”ミチェル” (72分ハビエル・モンサルベス”ジュマ”)、
モハメド・ディアメ、ジョフレ・マテウ(45分ファン・ホセ・コランテス)
フランシスコ・メディーナ”ピティ”、ダビド・アガンソ(79分ヘスス・ペレーラ)
警告:ジョレンス、アマヤ、コベーニョ、ミチェル、アガンソ
アントニオ・アマヤはエルチェのイバン・アマヤの弟。
ミゲル・アルビオルはバレンシアのラウル・アルビオルの兄。元U−21スペイン代表。
カルロス・ジョレンスは39歳の左サイドバック。元アラベス。
ジョフレ・マテウはバルサB出身の左サイドの選手。セグンダレベルでは力を発揮。
ミチェルはプリメーラ時代の生き残り。ラージョB出身。一度はクラブを離れるも、2006年に復帰。
ダビド・アガンソはレアル・マドリーB出身で99年ワールドユース優勝メンバー。昨季はアラベスで12得点。
ヘスス・ペレーラは今夏、セルタから加入。セグンダではかなり頼りになるデランテーロ。
ちなみに会長はまだマリア・テレサ・リベロさんがやっています。
アラベス
ベルナルド・ドミンゲス
イニゴ・カルデロン、セサール・カネダ、ホセ・マヌエル・マテオ、ラウル・ジョレンテ
ガイスカ・ガリタノ、マウリシオ・アストゥディージョ
エミリオ・サンチェス(56分ロベルト・クエバス)、トニ・モラル(84分マルク・ペドラサ)
ハビエル・ゲラ、モレーノ(64分イゴール・マルティネス)
警告: ゲラ1、アストゥディージョ1
太字がバスク人選手。
負けました。
ラージョはこう見るとなかなかのメンバーです。だから負けても仕方ないというわけではないですが。
カーサでは負けないように。
個人的にはセサール・カネダのセンターバックはいつまで続くのかが気がかりです・・・。
パブロ・カサルは怪我明け、ハビエル・アルミロンは加入間もないという状態ではありますが・・・。
●アラベスB(テルセーラ(実質4部))の結果です。
JORNADA 1
サン・イグナシオ 2−3 アラベスB
得点:イニゴ・カレアガ、パッチ・アギレサバル、オスカル・デ・マルコス
JORNADA 2
アラベスB 1−1 アレナス・へチョ
得点:オスカル・デ・マルコス
JORNADA 3
クルトゥラル・ドゥランゴ 4−2 アラベスB
得点:イニャキ・オルドニョ、パッチ・アギレサバル
3試合を終えて、テルセーラ・グループ4の9位(20チーム中)
●エドゥ・アロンソが引退
アラベスはエドゥ・アロンソが契約を解除し、引退することを発表しました。
理由は怪我と、ホセ・マリア・サルメロン監督の構想の中に入っていないことのようです。
つまり、怪我を治して復帰しても、出場の機会は殆どないということです。
−−引退について
「引退の瞬間というのは必ず訪れるものだし、それが今、私にも訪れたのだと思う。肉体的にも、精神的にも、今がその時なんだと感じたんだ。」
−−デビューについて
「私はレサマで育った。トップチームにデビューしたのは1996年11月17日のことだった。初めて観客のいる中でプレーして、あぁ、夢が叶ったなと感じていたよ。」
−−アラベスでの6シーズンについて
「私はここで忘れ難いいくつかの経験をした。ヨーロッパの舞台(UEFA杯)でプレーしたこと、バスク選抜のユニフォームを着られたこと、プリメーラへの昇格・・・。本当は何かタイトルを取ってから、あるいはプリメーラへ昇格してから、さよならを言いたかった。でも、私は威厳を持って去るよ。そして、私がここでした努力には誇りを持っているし、そうできたことに感謝している。」
−−チームメイトについて
「彼らは本物の友人だよ。あのロッカールームにもういられないことを本当に淋しく思うよ。
(会見場にいたマルティン・アストゥディージョにウィンクをして)彼と私はあのマネ監督時代(97−03)の最後の生き残りなんだ(*)。あの頃のアラベスはクラブ史上に残る時代だったと思うよ。」
会見後、出席したマスコミ、関係者の拍手に包まれながら彼は去った。
*UEFA杯準優勝したのは00−01シーズン。その時はエドゥ・アロンソはまだ在籍していない。
彼はマネ監督最終年に加入。その02−03シーズンもアラベスはUEFA杯に出場している。
結果は2回戦でベシクタシュに2試合合計1−2で敗れている。
エドゥ・アロンソ・アルバレス1974年5月30日生まれ。ビルバオ出身。177cm、73kg。
ポジションは右サイドバック。(昔は中盤の右も)
レサマ出身。アスレティックでは公式戦39試合に出場。
レサマの同期には、アイトール・カランカ。
アスレティック・フベニル(91−92)−ビルバオ・アスレティック(92〜96)−エイバル(96)
−アスレティック・ビルバオ(97)−サラマンカ(97〜99)−アスレティック・ビルバオ(99−00)
−UDラス・パルマス(00〜02)−アラベス(02〜08)
彼のサラマンカ時代(当時プリメーラ)の映像です。↓↓
http://jp.youtube.com/watch?v=yauH9vnmoHc
(相手のポルテーロはフランシスコ・モリーナ。)
アラベスでは公式戦179試合(うちリーグ戦165試合)7得点。1部通算:209試合4得点。
2部通算:229試合12得点。
コパ・デル・レイ通算:25試合0得点。
UEFA杯:3試合0得点。
バスク選抜:2試合0得点。
生涯通算:468試合16得点。
お疲れ様でした。Gracias, Edu. ¡Hasta siempre!
theme : ◆リーガエスパニョーラ◆
genre : スポーツ




